連載「プロが選んだオススメ講演」
第6回 プロが選んだおススメ講演 鈴木智子 一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 准教授
“今回のeWMSでは、ヒューマニズムへの回帰が印象に残りました”
愛とユーモアの大切さを語る ジェニファー・アーカー教授
スタンフォード大学のジェニファー・アーカー先生の研究履歴をたどると、それはブランド・パーソナリティーの研究から始まっています。研究を進めていかれる中で、現在、「パーパス(存在意義)」、「ユーモア」、そして「愛」の重要性について語っていらっしゃるのが、とても印象的でした。
今回の講演では、変化期におけるパーパスの重要性について語っていらっしゃいます。世界は大きな変化の局面に立たされており、そのために恐れや不確実性が生じています。既存のシステムが解体され、混乱が生じ、そして信頼が低くなるとき、パーパスが重要になるとおっしゃっています。物事が変化しているときには、パーパスが霧の中の光のように明快さを与えるからです。アーカー先生は、パーパスを実装するためには、我々が本当にしなければならないのは、人生における意味をよりきちんと理解することだと話されていました。愛とユーモアがどう関わってくるかについては、ぜひアーカイブの講演をお聞きください(笑)。
マーケティングには、売上や利益をつくるといった狭義のマーケティングもあると思いますが、これから求められてくるのは、高次の意味での価値創造であると思います。もともと、「価値創造」というのがマーケティングの定義です。高次レベルの価値というものを創るマーケティングとは何なのか。こうしたことを、これからは考えていく必要があると感じました。
ニューノーマル時代の消費者とは?サンドラ・ヴァンダーメルウェ教授
インペリアルカレッジのサンドラ・ヴァンダーメルウェ先生は、ニューノーマル時代の消費者についての話をされています。コロナ禍において、前例のない、信じられないような消費者行動の変化が見られました。第二次世界大戦やSARS、9.11といった過去の歴史から、こうした変化は残るということを我々は知っています。コロナは悲劇であり、多くの破壊をもたらしていますが、同時にイノベーションを起こし、新しいビジネスモデルの触媒にもなっています。
ヴァンダーメルウェ先生は、マズローの欲求段階説に戻って、ニューノーマル時代の消費者ニーズを説明されていらっしゃいます。マズローは、人間の欲求には「基本的欲求」「社会的欲求」「高次元の欲求」があり、低次の欲求が満たされるごとに、もう一つ上の欲求をもつようになると主張しました。ニューノーマル時代の消費者のニーズは、三つの欲求すべてにおいて、これまでとは異なります。詳細については、アーカイブの講演をぜひお聞きいただきたいのですが、先に高次元の欲求についてだけ、お話ししたいと思います。ヴァンダーメルウェ先生は、高次元の欲求は、コミュニティへの貢献や寄付など、人々に与えることで満たされるようになると述べられています。また、コロナ禍で新しいヒーロー像も生まれました。それは、人に仕える人々です。社会、さらには地球全体に貢献する人々のことです。社会に参加する、社会に貢献するということに、人々の気持ちが向かっていることを改めて感じました。
人間の生き方を反映しない戦略は無意味 野中郁次郎教授
一橋大学の野中郁次郎先生は日本を代表する経営学者で、日本企業をつぶさに研究されて「知識創造論」を生み出されました。現在は、「ヒューマナイジング・ストラテジー」というテーマでご研究をされていらっしゃいます。行き過ぎた株主価値の最大化は社会にとって悪であり、お客さまや社員を大切にすること、あるいは資本主義の道徳について考えなければなりません。戦略とは、人間がコモングッド(共通善)に向かう生き方であるとおっしゃられています。
野中先生は、講演の中で、現代経営の危機は「過剰分析」を含む三つの過剰からもたらされていると述べられています。日常があまりにも「数値化」されてしまい、人間が本来持っている野生味や創造性が委縮してしまっていると。もともと現実を認識するということは、主観的な認識が先にあって、その後に客観的な分析が行われるわけですが、今は分析ばかりに注意が向けられています。主観、そして意味づけや価値付けといったものをもっと大事にしなければならないと語っていらっしゃいます。
現在、ビッグデータやDX(デジタル・トランスフォメーション)などに注目が集まっていて、ますます数字や分析に焦点があてられがちになっていると思います。野中先生もデジタルとアナログを相互補完の関係でつくりあげていかなければならないとおっしゃっているのですが、今だからこそ、改めて人間の直感や主観を大事にしなければならないと感じました。また、AIやロボティクスが進化すればするほど、人間でなければできないことは何かということについて考える必要があります。そうした中では、人間らしさ、我々が生きる意味、こうしたことについて考えていかなければならないように思います。
サミット全体の感想とおススメ活用法
大抵の方にとって、学者の話は、やや小難しく聞こえるところもあると思います。ですが、深い学識と数多くの実証研究に裏打ちされた話は、インサイトを与えてくれます。今回、講演されていらっしゃる方たちは、トップ中のトップの学者であり、本当に貴重な機会だと思います。こういった機会だからこそ、「科学的」考察にもとづいた知見を数多く得ていただければと思います。
アーカイブの講演は録画ですので、途中で止めて、もう一度聞き直すことができるということが、ライブにはないメリットだと思います。学者の話は抽象的で分かりにくいこともあるかと思いますが、何度か聞きなおすと理解できます。ご自身のペースで一つひとつの講演をじっくりと聞いて頂くというスタイルが、おススメの活用法です。
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第1回 徳力 基彦
“僕は、ワールドマーケティングサミットというのは、未来の予言が含まれていると思う”
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第2回 山本 晶
“著名なマーケティング研究者が一堂に会した貴重な機会。端末2台を駆使して、学びを深めよう。”
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第3回 板橋 祐一
“海外でしか聞けなかった高名なスピーカーたちの講演が、アーカイブ動画で学べる”
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第4回 石橋 昌文
“デジタルを活用し、グローバルに開催。さまざまなトピックから、興味がある分野の講演を自由に選べる”
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第5回 江端 浩人
“マーケターの視点で先を読み、問題解決することで、ビジネスに価値を加えられる”
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第6回 鈴木 智子
“今回のeWMSでは、ヒューマニズムへの回帰が印象に残りました”
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第7回 加治 慶光
“アーカイブ動画を長期間 見ることができる今年のサミット。本を一緒に読むことで、学びが立体的になる”